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自分から放り投げてないから捨ててるとは感じず失ったになってるけど、止めようがないから結果は同じ  単調な考えや振る舞いで新しい何かを創造するって素敵

Fourplay  Chant

 

すごくむずかしそうなことを簡単にやってる  これで曲名が「Chant」って・・あの時思った
あのスキャットっていうのか、なんていうのか とにかくバックのコーラスに目が点!

で、そのバックグラウンドコーラスがフィリップにフィルって、これも「Chant」じゃない
でもほんとに久しぶりにフィルを見れてよかった


何かを無くすことは、何かを得ること  何かを失うことは、何かを得ること

人間の欲は計り知れないものだから、もっともっとという気持ちになる
振り返ってもその連続だった
「オレはこのくらいでいいぜ」 っていうのもあったけど興味が薄いものだったのだろう
それって欲しいものではなかったはず、努力しないでも手に入ったモノ

もっともっとと言っても受け入れ側に限りがあれば「もう腹いっぱい」になる
しかし数時間が経てばまた欲しくなる
全く意識してなかったが、自分のキャパは、自分と言う入れ物はその気になれば何でもいくらでも入ると思ってたのか 気付かなかったのか

若いころは視力がいいのに、あんまり見えてなかった あのとき見えてたものって何だったんだろう

年齢を重ねると、若いころ出来ていたことが出来なくなったり、時間がかかったり、途中まで出来るんだけどその先が・・とか、それに途中で気持ちが失せたりして ふと気が付くと喪失感で「無くしてしまった」と実感する

ことを忘れてしまったより出来なくなったというほうが落胆の度合いは大きい
悲しい、しかし必ずしもそうでもない 失くしてしまった空虚は新しい何かに充てれる時間でもある
「そんな歳になってからできるか?」なんて思わずに創造性のある生き方は澄んだ空のように思う
部屋でも詰め込みすぎると窮屈で住み心地が悪くなる 気分が悪くなる
気分が悪いのは、部屋の中のごちゃごちゃしたモノに縛られるようになって行くからだろう モノに縛られるって はたから見たら気持ち悪いだろうな

少し前、だいぶ前からか、モノをあまり持たず生活するヒトも増えてきた
軽くなったほうが、メタボ気味なお腹周りも心の中もずっといい(毎年、この時期になると健康診断が近づくからなのか増えてるモノに意識が行って削りたくなる、増えるってあまりいいものじゃ無いね、少し足りないくらいのほうがいいのかな、生まれてきたときは何ももってないからなのか)

幸い 捨てたくなくてもどんどん忘れて行ったり、できなくなって行ったりしてるから、知らないうちに日々捨てて行って 縛るモノが勝手にどこかに行ってくれてる

自分から放り投げてないから捨ててるとは感じず失ったになってるけど、止めようがないから結果は同じ
そうだな、複雑より単調な考えや振る舞いで新しい何かを創造するって素敵だと思う

創造しなくても、やらなくて出来なくなった心地よさそうなことに時間を使うのもいい

 

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