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自分を信じてくれる人の言葉・行動は信じれる  今はその人のために慎もう・頑張ろう  いろんなやり方がある  オーティス・ラッシュ「So Many Roads」

いろんな情報が錯そうしています
手軽に集めれるから少しの時間でもついついスマートフォンを見てしまいますね

ある情報が自分にとってインパクトが強いとそれを信じようとして、その一つの情報を一般化して
『みんなそうなんだってよ』と考えてしまう

人はどんな情報を信じ、どんな情報を切捨てているのか

自分に都合のいいもの

これ、よくやる
自分がやってきた行動や言ってきた主張の延長線上にあるもの
そうじゃなきゃ、自己の論理に一貫性がなくなり、そんな自分を人は「言ってることがチグハグな人」と思うんじゃないかと気にして、強引に情報を結び付けていく
人からの評価がすごく気になる人
『以前の自分がそうだった、・・いや今もそういう時があるなあ』

スマートフォンや新聞からでも入手する情報って
自分にとっては、知らない他人の意見がほとんどだと思う
『この人のことは、正論だ』と有名な人の言葉を信じている自分が居るが
その信じている人のことを、どれだけ知っているのかと言ったら、その人のバックグランドなんて全く知らないのにどうして信じるという判断をするのだろう

都合がいいからなんだと思う
その人の言っていることを信じると選択すれば、都合がいいんだと思う

・・・そんな風に呑気に他人事にできてるうちはまだいいけど
自分の身のすぐ近くで起きていることとなると、『都合がいいから』と言うわけにはいかない
今がそんな時

やっぱり人は一人では生きていけないし、生きて入るわけじゃないから
自分の行動や言葉が、一緒に生きている人の迷惑にならないようにしたい

その時、誰の言葉や行動が信じれるのか
一緒に生きて行きたい人の言葉や行動ですよね

”自分のことを信じてくれる人” ですよね

今、経験したことのない事態の中で責任をもって生きていくために信じるれるのは
”自分のことを信じてくれている人” の言葉だったり、行動だったりすると思う

慎むべき時は、一緒に生きていく人のために慎むことが求められていますね

一緒に生きていく人というのが、”この星全体の人” というのが今の課せられた状況だと思う

So Many Roads

やり方は、いっぱいある
”何もしない” という行動もある

 

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