スポーツ大好きアラフォー『じょびスポ』と、60’s〜80’sロック大好きな『メロー』が運営するブログ

取説がぶ厚くなりすぎた  複雑になりすぎた  「すぎた」 とは限界を超えていることなのか

取説がぶ厚くなりすぎた  複雑になりすぎた  「すぎた」 とは限界を超えていることなのか

Communication Breakdown

 

ゼップにとっては、なんとも新鮮な曲・・ファーストなのに
個人的にハードロックに勝手に分類している人たちの曲のようだ と当時思った
気持ちいいほど、ハードロックしてるのが気持ちいい
コミュニケーションがブレークするわな と訳の分からない感想を持った曲だった

Bird’s eye maple


ボディートップに使われていた  雑誌で見た不思議な感覚を受けた単語に引き寄せられて40年くらい前に手に入れた

人は平等なのか公平なのか

コロニーは必然にできたんだろう
現在は組織がデカい分ノイズの取り扱い説明書がドンドン分厚くなってる
聖徳太子が定めた憲法がありましたね 「みんな仲良くすることが大事」 ということだと思ったけど、仲良くするどころか・・な感じは 何なんかな 私たち日本人は農耕民族として歩き始めたと思いますが、違ったかな  なぜ戦いをし始めたのか、確かにお互いの土地を守るためには多少のイザコザはあったでしょう しかし時は過ぎ聖徳太子からでも千四百年以上も経ってる21世紀になった今を見ても みんな仲良く ではなく   〇〇戦だとか言って戦いに余念がない 実際に銃を持って隣人と戦いはしないにしても
仕方ないか、通貨を考え出したのだから

企業でのかじ取りと同じでふつうに真面目にと願う  っても仕方ないよね、頑張るのはむずかしい(頑張ってもイメージのような報われかたないもね)  2対6対2ってホントだ  振り返れば、2のヒトがハッチャキになって頑張る 報われないけど(定年になって退職金がふつうに支払われることを祈ってる) それで職業人生を終える、そして6のヒトが一所懸命にまじめなふりをしてる 自分でも気付いてないんだろうな 役に立っていないこと、あとの2のヒトはこりゃいいやとばかりに自分の人生を切り売りしてる  そして居づらくなると消えて行く  成り行きとしてヒトが足りないので補充する  そうすると面白いことに6のヒトとの中から2のヒトが出現する そもそも働いているふりをしているだけだからこりゃいいやの空気は気持ちがいいと見えたんだろ  美味しい空気に感じるかも知れないけど1回の深呼吸位にして早々に6に戻らないといけない  心配はいらない2に下がりたいヒトはいるから交代するだけ  そう言えば以前 働きアリのなかでも働いているふりをしているアリ(6のアリ)がいる その比率も2対6対2だという記事を読んだことがあった これって生物に与えられた特定のスキルなのか、ヒトとアリ以外はどうか、ハチもありえるような感じ、じゃあ植物ではどうかな  その比率の特性のように戦うというのは生物に与えられたスキルなのか  ヒトよりはるかに小さい菌の世界でも起こっている 特定の菌が繁殖しているエリアに別の菌が入って来ても先住の菌たちによって駆逐されるという 腸内細菌で健康な腸内環境が保たれているところでは病原菌は悪さができない  しかしある一定以上の悪玉がワイワイ入ってくると腸内は食中毒という戦いの場に変わってしまう  ヒトの世界ではなく菌の世界でもそうらしい

いやいや、こんな話をするのでは無くて

先日、いつもは決めた番組しか見ないテレビだが、チャンネルの押し間違えとか少し時間が早かったとか、ちょっとテレビの前を通りかかったときに目に入った耳に入ったとか

気持ちに引っかかったことだった
えっ? と気になった

公的立場にあるからこそ享受できる多くの特権  そういう運命の人がいる  特段おかしなことでは無い  その中で必死に生きている 大変なこった
普通(って意味はむずかしいが)のヒトも自分の運命と向き合いながら必死に懸命に生きている 理不尽になぜだってこともたくさんある  ホントに苦労が絶えない

突然だが頭に浮かんだのでとりあえず文にする    権利と言うか今やあって当たり前の健康保険や厚生年金保険、失業保険、これらの制度でそれを享受するのに必要な保険料は会社との折半になっていたり会社の割合がが多いものもあり 大変ありがたい
だからそれを保持するには「宮仕え」なんてコトバがあるように我慢の連続で生きるしかない、そんなふうに考えていなくてもそれら保険は欲しいが仕事なんてやだー、辞~めたでは資格が無くなる  「資格喪失届」の提出を年金事務所や協会けんぽ、ハローワークなどからきつく求められる それがルールだから  ルール無視ではいられない  その瞬間に特権が無くなる そして収入はどうすんだ

その中に居ると、見えなくなるのは心が曇って不快な心持になり続けてるから、気分を変えないと曇りがドンドン色を増していく
生き方の成れの果て
「成れの果て」・・調べたら・・落ちぶれていった結果の有様、没落して最終的に行き着いた状況、などを意味する表現
道楽者の成れの果て   なんて表現で使われる 道楽した者が行き着く先が多いからだろう
道楽は、 本業以外のことに熱中して楽しむこと 品行が良くない だらしがない と意味が並ぶ  本業そっちのけで酒、ばくち・・これって昔の言い方で 飲む打つ買うの三拍子  今ではいろいろ問題になりそうなコトバ
だからそんな風になったらあかんぞ ということで、みんな運命に向き合って生きている
その中で自己を生かすスペースを見つけていく  なぜかヒトは狭くしてしまう

他人のことだが此度の運命への向き合い方でいろいろ考えられた
ヒトは平等と公平のなかで生きている  すべてのモノに対して同じようにある平等と受益者負担を負う公平

先に取説が厚くなりすぎたと書いた  複雑になりすぎた  「すぎた」 とは限界を超えていることなのか

マイナスに帯電している、これはまずい 変なモノが寄ってくる
プラスの考えに切り替えよう 「そうだそうだ何とかなる何とかなる、上手くいく上手くいく」
気持ちを切り替えよう、気分をよくしよう
「今日はいい天気だ 空の青さは美しい」

 

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