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『ピッカリ投法』を持ちネタに球場を爆笑の渦に巻き込むムードメーカー【佐野慈紀】

『ピッカリ投法』を持ちネタに球場を爆笑の渦に巻き込むムードメーカー【佐野慈紀】

こんにちはー。
野球に限らずスポーツやクラス・職場でもムードメーカーと呼ばれる人っていますよねぇー。
元気でお笑い担当のような人が多く、場を和ませてくれる大切な存在。

今日はプロ野球でも超有名なムードメーカーについて書きます。

中継ぎ史上初の1億円プレイヤー【佐野慈紀】

今日は伝説のムードメーカーの佐野慈紀(さのしげき)さんのことを知ってもらいたいと思います!

佐野慈紀(さのしげき)
本名とかつての登録名 佐野重樹
1968年4月30日生まれ
愛媛県松山市出身
現在は野球解説者・野球評論家であり、BCリーグ石川ミリオンスターズの取締役も務める
身長 175センチ 体重 87キロ(現役時)

画像引用元 Naverまとめより

松山商業高校、近畿大学と進学しチームの10連覇に貢献するエースとして成長し、1990年ドラフト3位で近鉄バッファローズに入団。
入団後は主に中継ぎ投手として活躍。
1996年には中継ぎ投手としてはプロ野球史上初となる1億円プレイヤーとなるなど大活躍。
その後は肘の故障によるトミージョン手術を受けるも1軍ではなかなか活躍できず、中日ドラゴンズ、アメリカ独立リーグのエルマイラ・パイオニアーズ、オリックス・ブルーウェーブと渡り歩いて2003年に引退。

中継ぎ投手がまだまだ評価されていない時代に1億円プレイヤーになるって凄いこと。
それくらい大活躍した選手でした。

ハゲ魔人

佐野慈紀さんの魅力はプレイだけでなく、その明るい性格で大人気の選手でした。
若手の頃からじゃっかん頭部が薄かったのですが、それをネタにファンを大爆笑させて、珍プレー・好プレーでは人気の選手でした。
『ハマの大魔神』と呼ばれた佐々木主浩投手をもじって、『ハゲ魔人』と呼ばれてファンから愛された選手。
自分からハゲネタを振りまくって笑いを取るってスゲェーっす。
島田紳助さんからは「今すぐ引退してお笑い芸人になっても十分生活できる。」と言わせるほど。
それでは、佐野慈紀さんの迷場面をご覧ください(笑)。

野球の実力も抜群でしたが、ムードメーカーとしてもチームに欠かせない選手でした。

ピッカリ投法・ピッカリ劇場

現役引退後も、抜群の人気者っぷりを発揮して球場を大爆笑の渦に巻き込む佐野慈紀さん。
現在ではサントリードリームマッチなどの元プロ野球選手たちの集まるOB戦で見ることができます。
人気者の佐野さんは、ずっと呼ばれて参加しており現在もエンターテイナーっぷりは変わってません。

ハゲネタを利用したピッカリ投法にピッカリ牽制。
佐野慈紀さんが出てくるとファンはみんなピッカリネタを楽しみにしてます。
そして期待以上の笑いを提供してくれる佐野さんがみんな大好きです。

ピッカリ投法は、投球時のワインドアップになる時にワザと帽子を落として頭の眩しさで相手打者を幻惑する投法です(笑)。
さらに応用したピッカリ牽制も人気(笑)。

2017年からは同じくハゲ仲間のキャッチャー・小田幸平、打者・和田一浩、鈴木球審、大和一塁塁審まで巻き込んで、なんやかんやと乱闘するネタ『ピッカリ劇場』が人気です!!!
まずは2017年のピッカリ劇場からどうぞ。

あの球でストライクはないよねぇ(笑)
これも審判の2人を巻き込んだエンターテイメントの一部。
ファンを喜ばせる工夫ですねぇー。
その一年後・・・2018年には佐野慈紀さんがまさかの風貌で登場!

1年間かけて地毛を伸ばしてきて、しかも今朝パーマを当ててきたって(笑)。
どんだけエンターテイナーなんでしょうか!
みんな佐野さんが大好きですよぉーーーー!!!
ってことで、次に佐野さんを見れるのは来年のサントリードリームマッチかなぁ。

今日は中継ぎ投手として初の1億円プレイヤー、ムードメーカーの佐野慈紀さんでした。
それでは、またっ!


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