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新日本プロレスのレジェンドレフェリーが引退!44年間お疲れ様でした!【タイガー服部】

新日本プロレスのレジェンドレフェリーが引退!44年間お疲れ様でした!【タイガー服部】

こんにちはー。
最近はなぜか寂しいニュースが続いてる気がします。
今日はプロレスファンではない方にとっては誰?という方のお話をします。

レジェンドレフェリー【タイガー服部】

新日本プロレスのレフェリーとして数々の名勝負を裁いてきたレジェンドレフェリーのタイガー服部さんが、44年間のレフェリー生活を引退されました。
プロレス好きな僕ですが、タイガー服部さん以外ではレフェリーの名前は覚えてません。
それくらい存在感のあるレジェンドレフェリーでした。

画像引用元 Youtubeより

タイガー服部(本名:服部 正男)
1945年7月20日生まれ
東京都中央区出身
身長165センチ 体重68キロ

明治大学時代にレスリングで頭角を現し、1966年全日本レスリング選手権で優勝。
1967年にはルーマニアで開催されたレスリング世界選手権でもバンダム級で優勝するほどの実力の持ち主だったんですね。
卒業後は渡米し、コーチ業もしながら選手活動を継続していたんだそうです。
その後、プロレスラーにもレスリング技術を指導することになりプロレスの世界とも接点を持つことに。
あのスーパースター、ハルク・ホーガンにもレスリングを教えてたんですって!

1970年代後半には当時アメリカで活動をしていた日本人プロレスラーたちのマネージャーも務めたり、レフェリーも担当し始めたんですって。
そこから全日本プロレス、新日本プロレス、いろいろあって他の団体だったり・・・
でも一番印象深いのが新日本プロレスのレフェリーですよね?
2000年代後半になってくるとレフェリーとしては第一線から身を引きつつ、外国人選手との渉外担当としても力を発揮していました。
新日本プロレスにはなくてはならない方だったんですね。

闘魂列伝2

僕が本格的にタイガー服部さんを気にするようになったのは1本のゲームソフトから。
大学時代に僕らの中で大ブームとなったプロレスゲーム『闘魂列伝2』。

アントニオ猪木をはじめとした新日本プロレス所属のプロレスラーたちを使って試合ができます。
各選手ごとにオリジナルの技があったりで凄く面白くて友達といつも対決してました。
試合中にはタイガー服部さんがレフリーとしてリングの中にいました。

っで、隠しレスラーとしてタイガー服部さんを使用することができたんです!
弱いんですけど、ついつい僕らは使って楽しんでました。
それ以来、テレビでプロレスの試合を見るとタイガー服部さんを探しちゃうようになっちゃいました。
タイガー服部さんはレジェンドレフェリーとしてビッグマッチには必ずレフェリーとしてリングに上がってました。
小柄な体でプロレスラーの間に入ったり、素早い身のこなしでカウントをとったりとキレのある動きで試合を盛り上げてた凄いレジェンドです!
実際の年齢を知りませんでしたが、かなりの高齢だったんですね。
プロレス界を盛り上げてくれてありがとうございました。
そして、お疲れ様でした!!!


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