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【エア・サプライ】グラハム・ラッセルが異国の地メルボルンで出あったハイトーンヴォーカルという偶然

【エア・サプライ】グラハム・ラッセルが異国の地メルボルンで出あったハイトーンヴォーカルという偶然

こんにちは、メローです。
(60’s ~80’s ロック好きのメローなロッカーです。)

ハイトーン・ヴォイスが好かれた80年代

1976年にオーストラリア・メルボルンにて結成されたエア・サプライ
メイン・メンバーは、グラハム・ラッセル(g.)と、ラッセル・ヒッチコック(vo.)
グラハム(・ラッセル)は、1950年イギリス生まれ、
ラッセル(・ヒッチコック)は、1949年メルボルン生まれ、
この二人の国籍を聞いて、AOR界のフォリナーか?と最初は思いました。
が、アルバムジャケットを見ると ”夏!青い海!” で、結成のいきさつに少し興味を持ちました。

結成時に二人は20代後半に入りかけたところ、意外と遅いデビューで、
それに最初に聴いたのは、80年の「ロスト・イン・ラヴ」からですので、二人とも30代です。
ですが、『なんなんだ、このさわやかバラードは!』で、(私からみれば)不思議なおじさんバンドでした。
次の年のリリースの「シーサイド・ラヴ」も勢いはとまりませんでしたね。

当時、ハイトーン・ヴォーカルのさわやかジャンルが流行りました。

二人の出会い

この二人、メルボルンで開催したロック・ミュージカル「ジーザス・クライスト・スーパースター」に出演していましたが、二人にとってその過酷なスケジュールが嫌になりかけていた時、曲を作ることでも息があったため、結成の運びになりましたが、
おもしろいのは、ヴォーカルのラッセルは、あのハイトーン・ヴォイスの持ち主なのに結婚するまで志したことが無いということでした。
たまたま結婚相手がメディア関係の女性だったために、「ジーザス・クライスト・・・」に出演してみることにしたそうですが、ズブの素人がロック・ミュージカルの舞台に上がろうと決心させるのですから愛の力はすごいですね。
なんか出来過ぎた話ですが、見事なサクセス・ストーリです。
舞台に上がったラッセルは、それまで金融関係のSEだったそうです。

たまたま、メルボルンで開催されたため、グラハムは、ラッセルに出会えましたが、違う国での開催だったら、この異国コンビ【エア・サプライ】は結成されて無かったですね。

ロスト・イン・ラヴ

ロスト・イン・ラヴが大ヒットしたころ私は、学生気分が中々抜けない社会人1年生で、夏のなれば当然海のレジャーを満喫していました。
車のカセット(MP3やCDではありません、車で音楽を聴こうとすると、レコードからダビングする必要がありました。)にエア・サプライは、同時の若者の定番でした。



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