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スティーブ・ウィンウッド 心に語りかけてくるようなプレイを、ブレずに淡々と継続する才能。そしてグラミー賞。

スティーブ・ウィンウッド 心に語りかけてくるようなプレイを、ブレずに淡々と継続する才能。そしてグラミー賞。

こんにちは、60年代から80年代のロック好きのメローなロッカーです。

スティーブ・ウィンウッド

「スティーブ・ウィンウッド」は、1948年イギリス生まれ。R&B・ソウルの影響を強く受けているなあと、若いころから50歳代までのプレイスタイルをみて思います。
1964年に兄弟で【スペンサー・デービス・グループ】に加入しデビュー。
その後1967年に「デイブ・メイソン」達と【トラフィック】を組みました。デイブ・メイソンは、その後、1994年に【フリート・ウッド・マック】に参加していますね。
  

一方、スティーブは1969年、「エリック・クラプトン」と【ブラインド・フェイス】を結成、メンバーは「ジンジャー・ベイカー」と「リック・グレッチ」で、【スーパー・クリーム】の誕生か?と言われたようですが、アルバム「スーパー・ジャイアンツ」の発表のみ、6か月ほどで解散しました。
そして、このアルバムのジャケットが物議を醸しだしたことを、ご存じの方も多いと思います。それは、掲載された女の子がトップレスであったこと。そのため、アメリカでは、バンドメンバーの面を表面に使いました。

また、この頃のミュージシャンの交友関係はファンの私にとっては鳥肌もので、【トラフィック】解散後、デイブ・メイソンは、【デラニー&ボニー】と行動を共にし、クラプトンの【デレク&ドミノス】と共演もします。クラプトンも【ブラインド・フェイス】の解散後、【デラニー&ボニー】のギターパートナーとしてフレンズの一員として加わって、安息の地を求めていましたね。

「スティーブ・ウィンウッド」はその後も途中、トラフィックでの活動が少しありましたが、基本ソロ活動を本格化し、ついに、1980年アルバム「アーク・オブ・ザ・ダイバー」が、全米3位!
1983年の「バック・イン・ザ・ハイ・ライフ」が、全米3位、グラミー賞受賞!
シングルカットの「ハイヤー・ラブ」が全米1位!この時、チャカ・カーンがバックボーカルを担当。チャーミングですね。
 

ハイヤー・ラブ

【ブラインド・フェイス】収録の

「キャント・ファインド・マイ・ウェイ・ホーム」

は、スティーブ・ウィンウッドがソロになった後も好んでプレイしています。クラプトンと共演しているライブをどーぞ。ソウルフル!

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ご覧いただき、ありがとうございました。

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