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みんなの幸せ・あいての幸せはまず自分が幸せでいることなんだと思う  それはコミュニケーションによって利己を掘り下げていくことだとも    ダイアー・ストレイツ「Communiqué」

みんなの幸せ・あいての幸せはまず自分が幸せでいることなんだと思う  それはコミュニケーションによって利己を掘り下げていくことだとも    ダイアー・ストレイツ「Communiqué」

人とのつながり
ことに対話、コミュニケーションはむずかしい・・と思う
なぜって、生きてる以上幸せに生きたいし、幸せに・・自然に・・と思えば思うほど真剣に考える

人のことを思って、その人に合わせて応対するようにしてきた自分がある
仕事上においてそれがサービスだと思ってきた
それがいつの間にか生活のなかに根付いてしまい
仕事上で無い普段からそうなっている自分に気づく
これって、小さい時からそうだったような、そうで無かったような・・

いつからそういうスタンスになったのか
私の好きなアドラーさんは、5歳くらいで自分のライフスタイルが決まると言っている
とすると、相当前だな
小学生とか中学生の時って自己主張が強く、人とぶつかることもあり~の、人前でリーダーシップをとり~のってあったけど、いつの間にか相手の望む答えを口にするようになってた

そんな自分を利他的な主義として思ってた
自分を犠牲にしてたような何だか暗い余韻がずっとしてる


生きてることに少し余裕が出た来たのか
自分を俯瞰して見れるようになったのか

自分を大切にして生きたいと思う
自分が幸せに生きるということは、自分だけが幸せで他の人が幸せじゃ無いでは成り立たないのは感覚的に分かる
じゃあ、自分と親しくつながっている人が幸せならばいいのか・・これも薄いような気がする
自分が感覚的に見えている人たちが幸せであれば、自分も幸せである・・この辺が答えかなと思う

その人たちの幸せがあって自分の幸せがある
逆に、自分の幸せがあってその人たちの幸せがある

あなたが幸せで居てくれるから、私も幸せになれる
私が幸せで居ることが、あなたを幸せにできる力になる・・ってことかな

これを基に考えると、自分の幸せを追求して行くことが利他につながっていくのかなと思う
それには、他者とのコミュニケーションがうまくいってないと成り立たないですよね

コミュニケーションが苦手だから、その対処方法として相手に合わせてきたのかも知れない
苦手意識では無く、幸せになるためにコミュニケーションを大事にしていけたらなあ
心を大きく持って接するのがいいのかも

Communiqué

 

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