こんにちは、メローです。
適と~にロックしている還暦です。遠い昔を少しずつ手繰り寄せながら、その日に思いついたことをつづってロックしてます。
本格的に洋楽に出会ったのは小学校6年生くらいだったか・・・
サイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」がトランジスタラジオから何回も流れていました。
他には、カーペンターズの「愛のプレリュード」、エルトン・ジョンの「僕の歌は君の歌」、日本ではバラードっぽいのが好かれてたみたいです。
それにしても当時は何も思わなかった邦題を改めて見つめると『なんで、こうなるの?』というのもあります。
ちなみに、”愛のプレリュード”は「 We’ve Only Just Begun」、”僕の歌は君の歌”は「Your Song」、
邦題と言うのは、歌詞から引っ張ってくるだけじゃなく時代背景とかその年に流行った言葉とかいろいろ要素があるんでしょうね、時代を感じますねえ~
宜しかったら、のぞいてみて下さい。
5月7日・火曜日
ゴールデン・ウィーク明けの方、元気ですかー!
逆にこれからお休みだって方もみえますよね?
令和もいい時代にしていきたいですね。
”健康で、安全で、仲よく”が一番だと思います。
追悼コンサート
前回、ご紹介したブラインド・フェイスのハイド・パークの約1か月後、
「ベガーズ・バンケット」に続く制作が急がれるローリング・ストーンズは、新メンバーお披露目のためのフリー・コンサートを企画していました。 7月5日のことです。
しかし直前の7月3日、ステージをまともに務められなくなり解雇を言い渡すしかなかった、ブライアン・ジョーンズが自宅プールで亡くなるという謎の死が起き、ストーンズは中止をするか?・・・の選択を迫られましたが、ミックの決断で、追悼コンサートに切り替えたと言われています。
ミック・テイラーのお披露目になったこのコンサート、ミックもまだまだ”息がばっちり”とはいかず、起こったことが起こったことですので、苦悩した時期だったと想像できますね。
7月3日にブライアンの死、4日に「ホンキー・トンク・ウィメン」のリリース、5日にハイド・パークのコンサート、ストーンズでなければできないことだったんでしょうね。
コンサートの冒頭には、ミック・ジャガーがイギリスの詩人パーシー・ビッシュ・シェリーの詞の一説を読み上げました。
この年の12月にリリースされた「レット・イット・ブリード」は、ストーンズの原点と、新しいロックと融合した作品として名高いですね。
50周年で戻ってきたハイド・パーク
Start Me Up
しかし、なんでこんなにカッコいいの?なんで?